私はゲイ、やっぱり逃げられない

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昨日、放送しているPodcast「づんたとコーギーの若ゲイのいたり」の1周年を記念し、公開収録イベントを行いました。

イベントの模様はPodcastでも放送致しますので、そちらをチェックしてみてください。2018年は各エピソードを今までよりコンパクトにし、更新頻度を上げていくことにしました。

さて、一夜明けて。

昨日私がイベント中にのたまわってたように、もれなくエンジン切れになってしまい、今日も今日とて廃人として1日を過ごしてしまいました。

ほんとなんもしてない今日。とりあえず何か生産的なことをしようと力を振り絞って、昨日おみやさんから頂いたワインと昨日イベントで飲み残されたワインをパカパカ飲みながらこのnoteを書いています。ちょっと待ってこの文章を書くのって生産的な行為なの?本気でそう思ってるわけ?生産的という言葉には「何かの役にたつ」という意味があるのか、それとも何か物質を「生産」していればそれは生産的と呼んでもらえるのか。後者だった場合はこの私が今書いているチンチク・リンリンな文章だって社会的に認められうる行為なのではないだろうか。なにを言っているのだろう。

適当にそこらへんにあったマグカップで飲んでるんですけど、不細工な犬と「HAVE A NICE DAY」って文字が書いてあるカップなんです。うるせえ畜生、I’ve never had a nice day beforeだよ、くそ。

昨日のイベントには、私よりも年上のゲイの方が4名いらしたのです。年下ってのはまあ、おみやさんなんですけどね。イベントを通して、そして終わったあとにも帰路で考えていたのは、私よりも年上、すなわち長く生きていて今現在も生き続けているゲイがこんなにいるなんて激ヤバ案件でわ???ということでした。やるせなさが私の言葉を鈍くする。こんにちは、滝川クリステルです。至極当たり前なことですが、ゴッディーバさんにはゴッディーバさんなりの「これまで」があり、ゴンスケさんにとっても「これまで」がある。そして、そこにはゲイであること、という要素は多かれ少なかれ関わってきていた。私の人生にも重なる部分があるはず。人生、という言葉がツイッターゲイ界隈で近頃ネタとして流行っておりますが、私もつい、ことあるごとに世知辛いよねえ人生…とか、人生つらいことばっか!!!なんて口に出してしまいます。来週、私は21歳になります。人生だなんて言っちゃってるの、ちょーハズイ。「カシオレはお酒じゃないよね〜〜〜〜」とか言ってるなりたての大学生みたいにハズイ。世界が狭い。

きっと色々なところから色々言われるだろうけど、私よりつらい人だって世の中にはたくさんいるし、私よりも「自分ではどうにかできない」要素に邪魔されて辛いひとだってたくさんいるけれども、私は住む場所もあれば大学にも行かせてもらっていて、バイトができて、ワインが飲めて、恵まれているとわかっていても、ゲイだからって、それは言い訳になんかならないし、したくないと心でも頭でも指の先から生殖器の先まで全身全霊でわかっていても、

私、ゲイでいたくないです。

でも、ゲイなんです。逃げらんないんだ、これ。

昨日、イベント中に思った。いろんな話をして、いろんな話を聞いて、いろんなゲイに会って、私もやっと顔出ししながら「ゲイ」としてその場所に存在することができるようになった、成長じゃない?やったじゃん。とか思いながらも、こころのどこかで、私が今ここにいるのは「ゲイだから」ここにいるんだ、いれるんだっていう気持ちがどこかにあって。私はことあるごとに、「ゲイは付随要素!」だとか「ゲイよりも私を見て、知って!」とか言いながらも、私は自分がゲイであることをどっかで認めたくなかったんだって。逃げたかったんだって。自分がゲイであることを認めるのが嫌で、辛くて、しんどかったんだって。そんなこと考えながら、夜の電車んなかで、元気に喋って司会進行していた数時間前の自分を思い出しながら、そのギャップに疲れて、家に帰ってきたら、私がゲイだとは知らない母と、姉と、父がリビングで一緒にテレビを見ながら話をしていて、私はひとりだけ、ただいまも言えずに、滅多に笑わないただのよくわからない息子に戻ってしまって、ああ、なんか涙出てきた、アルコールのせいだね。デトックスでは?こころの洗濯、デトックス。

小さい頃、家には「つるバラ村のパン屋さん」という本がありました。児童書かな。そこでは、なんかの動物がやってるホテルが出てきて、そこのホテルではこころの洗濯だったか、たましいの洗濯をしてくれるんですね。汚れてしまったひとたちがそのホテルに泊まって、泊まってる間にウサギだったかリスだったかがサラサラと流れる小川でぼうっと光る丸い何かを洗うんですね。それがこころだったかたましいだったか。便利すぎません?近所に欲しいし、なんなら日本のどっかに置いてくれれば絶対行くんですけど。でもきっと、もしそういう施設が実際にできたとしても、TripadvisorとかExpediaとかネットのクチコミサイトががやがやガヤガヤ騒ぎ立てて、ひとが殺到して、リスだかウサギだかは親切だから一生懸命、洪水のように押し寄せる客の対応をしていくうちに、自分自身のたましいが汚れていくことに気づくんだろうな。私は、最近流行っているこぐまのケーキ屋さんとかいうあれが本当に嫌いです。かりそめ。

ワインのボトルが半分空きました。私は酒に強くないんです。部屋に暖房がないんですけど、だんだん体があたたまってきました。このワイン、めちゃくちゃ色が濃いな。

私も以前の父のようにアル中になってみたら、楽になるのかしら。きっと今みたいに余計なことを考えずに済むから、精神的には楽になると思う。根本的な改善にはならないのだけれど。それで、届かない大声で、社会への不満や自分へのコンプレックスを周囲に吐きかけて、それに疲れたらぐうぐう寝ちゃえばいいのだ。私の父みたいに。ときにはドアを死ぬほど強く音を立てて閉めたり、自分自身の内側にあるいらだちとかモヤモヤを現実世界にぶつければいいのだ。きっと本人はそれの方が、それをしないときよりも楽なのだ。

アホだわ。

私の周りでは、いろんなひとが次のステップに行っていたり、いく準備をすすめたりしているのに、私は「真面目だね」とかそういう些細な他者からの評価でなんとか食いつないで、何もせずここで酒を飲みながら、文章でクダをまいているだけ、アホらしい。私もミャンマーの農村に電気を通したり、カンボジアの孤児院に井戸を掘ったり、社会の役にたつことをしなければ、したいのに。でもきっと、それも、社会から認められたいという極めて「私」な考え方に基づいてるだけなんだ。ひとりでいる、というのはすごく広い意味で、すごくたくさんの角度から捉えてみると、本当に辛いことだ。社会集団ってのは当たり前に、妖精世界みたいに2mm先にいつもあるのに、いや、だからこそ、そこに参加したいのにできない、というのは、とっても、私にとってしんどい。

これだけあれこれ書いたって、私にはしたいこともなけりゃ、できることもそんなにない。きっと新しい環境に飛び込んで、そこで新しく学ぶことだってたくさんある、多くの若者がそうやって年月を経ていく、わかる。わかるんだ。頭では理解してる。でもこんな夜がある。こんな風にどうしたってどうにもならない夜があって、私は自分がゲイであることに対して不満をだらだら書きたくて、お酒を飲んでちょうどよく頭がぼんやりしてきて、そんな夜がある。試験期間だし、来週は声楽の実技の試験もある。とっくに大学からは心が離れてしまって、でも別の何かに向かっているというわけでもなくて、いかんせん今まで真面目にやってくればそれでうまくいっていたから、もうどうしようもない。お手上げ。そろそろ自分の頭が重くなってきた。結構しっかりした味のワインなので、単体で飲むより味の濃い肉とかと一緒に食べた方が良かったかもしれない。おみやさんありがとう。こんな私にプレゼントをくれるなんて世界が優しすぎる。

ゲイ。それはどうしようもないこと。

ゲイ。それは私にとって重荷。

ゲイ。それは私。

くそっくらえだ。全部吐いて、ゴミみたいにくちゃくちゃになって寝てしまいたい。二度と目覚めなくたっていい。輪廻転生なんか信じてないけど、ひとは死んだら無機物になると思っているけれど、もし来世みたいなものがあるのなら、私は深海のまだ学名もついていないような、極小のプランクトンとかになりたい。

頭が重いなあ。

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